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ヤーミン・チーパオ の シルクロード 

  会社辞めた組夫婦のユーラシア横断滞在記

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『旅が終わる・・・』『日本に帰る・・・』


うん、うん、悪ない。



もう、よう~遊んだ。じゅ~~~~~ぶん、遊んだ。晴れ晴れや。
もう働こ。働かなあかん。がんばるでぇ。

日本に帰んの楽しみやなぁ。
大好きな友達や家族に会える。
やりたいこともたくさんある。
次なる夢候補もみつかった。
ふたり揃って強い意志を持ってたらどんなこともできる。んとちゃうかな~。
この旅がそんな自信を持たせてくれた。

ふふふ、これからの人生もまた楽しくなりそうや。

              2006年2月22日
               極東ウラジオストクより 辰巳雅敏


追伸:明日新潟へ行きます。
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ついに極東ウラジオストク

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3泊4日でイルクーツクから極東ウラジオストクを目指す。
窓からバイカル湖が見える。スケートをしてる子供や釣りをしてるおっちゃん、何をしてんのかわからんけど氷の上に立っているおっちゃん、いろんな人が湖の上にいる。ほのぼのとした風景だ。
そんなバイカル湖に別れを告げると、また白樺の木々を走っていく。

ここらから、なんか頭の中が空っぽになったみたいに何も考えられない。たぶん脳が溶けているのだ。まぁそれもいいかなと思って、そのままボーっと過ごすことにした。

次の日起きたらすっきりしている。夜の間に脳も固まったようだ。ただ眠かっただけかもしれない。

もう一日寝たら朝には新潟の目と鼻の先ウラジオストク。すごいなぁ。もうこんなとこまで来たんや。日本に帰るんやなぁ。列車で帰ることにしてほんとによかった。ブログでは伝えきれへんけど、いろんなこと考えたし、いろんなこと話した。
うん!いい旅やった。ってまだ終わってへんけどね。とにかくシベリア鉄道ありがとう。

はっ、これではシベリア鉄道後半戦がどんなだったか全然わからないではないか。

ちょっとだけ列車で会った人のことを。

イルクーツクから一緒のコンパートメントだったもの静かなロシア人のおっちゃんは一泊だけして降りた。降りるとき、かばんに散弾銃みたいなんが入ってんのをみて笑ってもうた。そんなもん持って乗ってたんかいな。

ふたつ隣のコンパートメントにはかわいい犬が乗っている。すんごい賢くておとなしい。でもいろんなことに興味津々。飼い主のおっちゃんがトイレ行ったら、部屋からひょこっと顔を出す。呼ぶと、すんごいうれしそうに尻尾を振ってこっちに来る。めちゃかわいい。しかし、トイレから出てきたおっちゃんにむちゃくちゃ怒られる。僕たちではなく、この犬が。かわいそうだ。賢い犬は呼んだらあかんのやな。ごめんな。
降りるときにこのおっちゃんの服装をみてわかった。おっちゃんは現役の軍人だったのだ。やから躾も厳しい。でも怖い顔の軍人さんには似合わへんほどモコモコでかわいい犬やったけどなぁ。

さて銃を持ってたおっちゃんが降りたあと、僕らのコンパートメントには父子が乗ってきた。おとっつぁん、ジェーニャ(43)と息子、デニス(19)。休暇でウラジオストクの手前まで行くとのことだ。
ジェーニャはなんとシベリア鉄道の運転手。さすがに地形や駅などに詳しいわけだ。列車代は年に2回までタダとのことだ。おとっつぁんはおとっつぁんらしく威厳があり、息子は息子らしく父親の言うことを実によく聞く。ふたりでよく話してる。僕が19歳の時、親とこんなふうにしゃべったかなぁ???

こっちがロシア語わからんくても、よく話しかけてくれるジェーニャと、シャイなデニス。旅の指差し会話帳(ロシア語)を駆使してコミュニケーションをはかる。僕ら以上に会話帳を使ってくれたんがジャーニャなのだが。彼らと話したりトランプしたりしてる間にウラジオストクまでもう少しだ。

そんな風にいい出会いのあるシベリア鉄道、みなさんもいつか乗ってみて下さい。
気のあう友達や恋人や家族、ひとりってのもええかもしれん。誰と乗ったとしても、この列車の中ではいい時間が流れると思います。

なんじゃこの旅行会社のキャッチみたいなんわ!!!

さらばシベリア鉄道!!!

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寒くなかった。
バイカル湖もまた寒くなかった。
ラッキーなんやけど拍子抜けした。
そこで生活している人には申し訳ないし、傲慢であるとは思うが極寒を恐れながらも期待していたのだ。
とはいうもののバイカル湖の氷は厚かった。透明で分厚い。
氷の上に積もった雪をどけると綺麗な氷が現れてる。
ほうきを持っていくべきだった。

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シベリア鉄道の中で、執筆活動に励み、今回、短編4作品(ヤーミン2つ、チーパオ2つ)とスライドムービー1作品を一挙大公開です。長文が多いのでお暇な時にどうぞ!
※画像もやっとアップできました。各作品を一度ご覧になった方ももう一度どうぞ。

■バナナで夫は殺れるか?(スライドムービー)
夫を殺るにはどうしたらいいのか?
極寒の地ならではの手口はこうだ!

■アマサ・クリスティーの『バックパックの切り口』
ヤーミン
ロシアに入国したヤーミン・チーパオを待っていた悲劇とは・・・
著者ヤーミン初の推理小説風

■4日連続満月
チーパオ
真夜中のシベリアを疾走する列車
満月の明かりのなかで車窓からみえた不思議ワールド

■シベリア鉄道の1日 たいくつ???
チーパオ
世界一退屈な列車といわれるシベリア鉄道
実際はどうなの?とある1日をご紹介。

■シベリア鉄道 -前半戦-
ヤーミン
モスクワからイルクーツクまで4泊5日、5152キロの旅。
夢にまでみたシベリア鉄道前半戦はいかなるものか? このページのトップへ
ロシア入国
2月6日、17時40分。リトアニアの首都ヴィリニュスを出発した列車は、ラトビアを通過し、夜中0時半頃、ロシアに入った。車内での入国審査は和やかに終わった。国境にはおよそ似つかわしくない化粧ばっちりの美人審査官がセクシーポーズで(実際はふつうの格好だったが)入国スタンプを押してくれた。続いて、荷物チェック。この係員は昔は美人だったかもしれないが、今はぷっくら太ってしまったおばあちゃん。バックパックの鍵をあけ、中身を取り出してみせる。おばあちゃんは甲高いかわいい声で二言、三言いったが、よくわからないので、ニコニコしてみる。どうやらOKのようだ。荷物を片付け、また鍵をかける。

2月7日、8時半。サンクトペテルブルグについた。かなり寒い。-20℃ぐらいだろうか。フィンランドまで列車で数時間らしいから、かなり北まで来たことになる。駅から地下鉄に乗って、おめあてのHostelへ。

Hostelでの事件
9時半、チェックインをして、誰もいない8人用ドミトリーに入る。11時頃、部屋でくつろいでいると、カップルがチェックインしてきた。スロヴァキア人で彼女の方は流暢に英語を話す。2、3日、ここを観光するそうだ。

12時、お腹が空いてきたので、出かけることにした。ドミトリーに泊まる時には必ずやってきたように、鍵をかけたままのバックパック2つをワイヤー付の南京錠でベッドに固定して、部屋を出た。

22時前に帰ってきて、22時半頃、シャワーを浴びるため、洗面用具を出そうとした。その時、気づいた。なんと、バックパックのウワブタを開けたところの上部がパックリ破れているではないか!!!
オーノー!!!8年目に入った我が相棒の寿命か!?最初はそう思った。だが、次の瞬間、そうではないとわかった。バックパックの中身の位置がまったく違うのだ。
『やられた!』
心臓の鼓動が60回/分から180回/分に上がる。志保はナースだからこの数字は確かだ。急いで、中身をチェック。現金は一切入れてなかったことを思い出して、鼓動は180回/分から120回/分に下がる。が、依然バクバク状態。
『トラベラーズチェック500ドルと80000円、無事であります。
寝袋、CDウォークマン、水タバコ、カロリーメイトにイカ飯、すべて無事であります。』
辰巳二等兵になったような気分で、テキパキと志保隊長に報告する。ふぅ~、一息つく。
ん、志保のバックパックは???
うぉー、同じくやられてる。しかし、中身はすべて無事。
すぐに同室のスロヴァキア人カップルにこのことを言う。
『荷物大丈夫?誰かが私たちのバックパックを切って荷物をあさったみたい。ホラ、こんなふうにされてる。』
『え~、なんてこと。』そういって彼らも荷物をチェックしだした。
『大丈夫、なにも取られてないわ。貴重品はレセプションに預けてたから、バックパックには鍵もかけずに、荷物もほらこのとおり、散らかしっぱなし。あなたたちの荷物には鍵がかかってたから大事なものが入ってるって思ったんじゃないかしら?』

う~ん、なるほど。

すべて荷物は無事。
どうやらキャッシュだけを狙った犯行のようだ。ということは犯人は内部の者(従業員か客)だろう。外部の者なら金目のものはすべて持っていく。そのために入ってくるんだろうから。内部のものならキャッシュ以外のものを盗むのは、持っているだけで犯人とわかるので危険だ。そんなことはしない。また、おかしなことに犯人はあさった後の荷物をきれいに詰めなおし、外見上はそっくりそのままであった。

とにかくレセプションに報告して、部屋へ連れてきた。
『4年間こんなことは1度もなかった。』
そういいながら、彼女は動揺して顔が引きつってしまった。続いて彼女は、
『12時にあなたたち(俺らふたり)が出て、12時半に彼ら(スロヴァキア人カップル)が出てから、この部屋には絶対だれも入っていない。』
と言った。
スロヴァキアの女の人が『掃除のスタッフはどうなの?』と聞いた。
『確かに彼女は全室の鍵を持っているけど。。。でも4年間ずっとここで働いてるし、そんなことは絶対ない。』
レセプションの彼女は気が遠くなるようなおぼろげな眼をしてそう言った。Hostelに対する責任感の強い人のようでショックが大きいみたいだ。

思い出
なにも盗られてなかったのは幸運だったが、大事な大事なバックパックが切られてしまった。二つとも缶詰を開けるようにして、半円状に60センチほど切られてる。

これではもう使えないではないか!7年以上もの間、一緒に旅してきた相棒の傷口が痛々しい。

1999年、大学4年の頃、密かにひとり旅を計画していた僕は、梅田のGAREにあるアウトドアショップMont-Bellでこいつと出会った。たくさんあるバックパックの中からこいつを選んだのは、シンプルで使いやすそうだったし、青一色というのが『地球の色』みたいでいいんじゃないのと思ったからだ。7年間、いろんな国をこいつと一緒に歩いた。うれしい時も悲しい時も、暑い所も寒い所も、臭い所もそうでない所も。バックパックはただのカバンとは違う。こいつを背負えばどこへでも行ける。バックパックに残されたシミや汚れや傷の一つ一つが思い出なんだ。

はっ、かっこいいこといっちゃった。

うたがい
昔、僕はタイ南部からバンコクへいく長距離バスで、荷物入れに預けていたバックパックの中を荒され200ドルを盗られたことがある。そのときは、鍵をかけていなかった自分が悪かったと反省し、勉強になった。

海外ではドミトリーというベッドがたくさんある共同部屋に泊まることが多いが、ドミでは外出するときに、面倒臭くても必ず荷物をしまって、バックパックに鍵をかけ、ふたつのバックパックをつないで、さらにそれをベッドや棚に固定するようにしている。この旅では9ヶ月半、ずっとそうしてきた。

もちろん何かを盗られては困るからなのだが、それ以上に『人を疑いたくない』という理由が大きい。何かが無くなればどうしても疑ってしまう。
同じ部屋でフレンドリーに話していた旅行者も宿のスタッフも掃除のおばちゃんもトイレで隣にいるやつも廊下ですれ違うやつもみんなみんな怪しくみえてしまう。はぁ嫌だ嫌だ。やから鍵かけてたのに。切り裂かれてはどうしようもない。気持ち悪いモヤモヤが頭に充満する。
普段寝る時は、枕の下に引いているパスポートや財布なんかも、今夜ばかりは身につけたまま寝る。おやすみなさい。

あやしいアメリカ人
次の日、2月8日はバックパックごとレセプションに預けて外出した。夜8時頃帰ってくると8つのベッドのうち6つが埋まっていた。2つは俺ら、2つはスロヴァキア人カップル、あと2つは、1つがもの静かなロシア人で、もう1つがあやしいアメリカ人だった。"あやしい"と書いたのは、事件のことを話した時の返しが奇妙だったからだ。
『昨日の12時半から21時ぐらいの間に誰かが俺らのバックパックを切った。』
『おれは昨日の17時半ごろこの宿にきて、このベッドでずっと寝てた。おれがきたとき、この荷物(スロヴァキア人の荷物)はあったが、きみたち(俺ら)の荷物はなかった。』
ん?昨日???何を言っているんだ???
絶対こいつはいなかった。俺らは1時ごろ寝たが、この部屋には絶対4人しかいなかった。もしかして、この男は一度この部屋にきたが、そのあと別の部屋にいって、昨夜は別の部屋で寝たのであろうか?
なんかあやしい。
それに昨日、俺らのバックパックは切られはしたが、ベッドに固定していたので、ずっとこの部屋にあったはずだ。何を言っているんだ、この男は。

とナーバスになっている俺らは、警戒心を一気に高めた。が、すぐに杞憂であるとわかった。彼は、サンフランシスコから飛行機できたため、ものすごい時差があり、今日が何日の何時かよくわかっていなかったのだ。おまけに天然なようだ。彼が昨日の17時半といったのは、今日の17時半だった。それならば納得がいく。俺らの荷物はレセプションにあったから、この部屋にはなかった。
やれやれ、お騒がせなやつだ。

余計な一言
この日の夜、スロヴァキアの女の人が、俺に小声でこう言ってきた。
『今日、私もやられたわ。枕の下に置いてあったTシャツが盗まれたの。誰かがこの部屋の鍵を持ってるのよ。』
『Tシャツ???』
疑いは確信に変わった。犯人は多弁になるものなんだな。
Tシャツなんて盗むはずがない。俺らのバックパックの中にはもうちょっと金になるものが入っていたし、この女のTシャツなら昨日も盗れた。それに警戒心の高まっている部屋に二日連続で入ってくる馬鹿はいない。黙っておけばいいものを、余計な一言を口走ったものだ。この二人を犯人と考えると、この二人のいろんなおかしな点に納得がいく。

1.事件のことを言った時に、『え~、なんてこと!』といいながらも、自分たちの荷物はほとんどチェックしなかった。普通ならもっと必死でチェックするだろうに。

2.事件の日の夜、寝る前に俺が着替えて、貴重品ポーチを腰に巻いたのをみて、彼女が彼氏にジェスチャーで『あの日本人は腰にお金を巻いていたのよ!』みたいなことを言っていた。
(その時は考えすぎかなとも思ったのだが。。。)

3.事件の次の日、彼らは前日と同じように荷物を広げっぱなしで平気で外出していった。貴重品はないにしても寝袋や化粧品は高価なはずだ。気味の悪い事件の次の日なんだから、レセプションに預けていくのが当然だと思うのだが。
しかも、事件の日、レセプションの彼女が、俺ら4人に対して、荷物はレセプションに預けて外出するように忠告したばかりなのに。

4.荷物をあさったあと外見をそっくりそのまま元通りにしたのも、第一発見者になりたくなかったからであろう。あの日、俺らと、スロヴァキア人カップルのどちらが先に帰ってくるかはわからなかったが、散らかしっぱなしにしてた方が自然だったろうと、今は思う。

この部屋の窓から外をみてみると、この宿の出口から出て行った人が、地下鉄の駅の方へ歩いて行くのがよく見える。あの日、12時に外出した俺たちはこの窓から見張られていたに違いない。

いきどおり
次の日、スロヴァキア人カップルは出て行った。僕らは何も言わなかった。指紋検証でもすれば、逮捕できるのだろうが、何も盗られていないのに、腐敗したロシア警察に頼む気にはなれない。

あのカップルにとって僕たちは『間抜けな日本人』で終わったかもしれない。そのことについて憤りは感じる。何も言わなかったのがよかったのかどうかはわからない。何か言って、一波乱起こした方が、こっちの気持ちがすっきりしたかもしれない。でも、僕たちはそうしなかった。『あいつらはいつか痛い目に会う』そう思うことで自分たちを慰めた。
イランであった人が言っていたことをふと思い出した。
『いいことをすれば、いいことがあるし、悪いことをすれば、悪いことが降りかかる。』
僕も、ホステル内では禁止されている飲酒をして、その後すぐにスネをぶつけて内出血した。うむ、自業自得。

同室のアメリカ人マークにだけ、犯人がスロヴァキア人カップルであることを話した。事件後、マークも外出時にはわざわざバックパックをレセプションに預けていたのだ。
『マーク、もう大丈夫よ。犯人は出て行ったから。もちろん普通の注意は必要だけどね。』

Good job
"バックパックのその後"だが、このままシベリア鉄道に乗るわけにはいかないので、携帯用裁縫道具で傷口を縫うことにした。お互い自分のバックパックの手術に取り掛かる。意外と裁縫は得意なのだ。2日かかって60センチの傷口を塞いだ。最初は黒い糸を使っていたのだが、足りなくなって、黄色、水色、緑色、赤色とカラフルな縫い目になった。

ひっぱったりしてみる。おぅ、いけてる!丈夫じゃん!
これなら今後も使える。
『おぅ、よかったな~、おまえ(バックパック)』
と、相棒を抱きしめる。

宿を出る時、マークが俺のバックパックの傷口を触りながら、こう言ってくれた。
『よう縫えてるやん。グッドジョブやね。』

この一言が事件をほんのり柔らかく終わらせてくれた。
ありがとう、マーク。



[Photo701]おぉ友よ
2006/02;サンクトペテルブルグ
筒型のバックパックの上部が切り開かれる。
が、今は得意の裁縫で修復完了。色とりどりの糸が傷口をふさぐ。
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[Photo702]聖堂
2006/02;サンクトペテルブルグ
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[Photo703]街並み
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[Photo704]足なが~
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[Photo705]運河も凍る
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[Photo706]お菓子みたい
2006/02;サンクトペテルブルグ
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[Photo707]絶対溶けないもんね、-20度
2006/02;サンクトペテルブルグ
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[Photo708]Elmitaje
2006/02;サンクトペテルブルグ
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 モスクワからイルクーツクへ4日目、同じコンパートメントのかわいいロシア人
アーニャが下車し、おっちゃん二人が乗ってきはった。夜、彼らと愛する夫のいびき
合唱で目がさえちゃったから、廊下に出てみた。
 廊下には同じく眠れないのか3、4にんの乗客が外を眺めている。
 車窓から見えるのは、月明かりが明るすぎて青すぎる空と、一面雪の地面まで青く
光っていて、あとは枝がえらい短いひょろ高い針葉樹林とその影の黒だけ。それが列
車が進んで遠くなったり近くなったりして移っていく。
 きれいやなー。
 これって何千年か前も同じ風景やったかなー。
 日露戦争で日本に向かう若いロシアの兵隊さんらはどんな気持ちで列車からこの景
色見たやろか。
 なんてイヤホンで爆音で中村和義をききながら思っていたら、電車がカーブして月
がみえた。発車した夜から3日連続満月で、3日もまんまるが続くんやなぁときのう
思っていたけど、あれ今日も満月?4日目やん。
 うーんとこれは現実かな夢かな、この電車どこにむかってるんやろ、今はいつかな
幕末がいいな、どっか楽しいところ行くんやな。
 ちょうど音楽がイントロで5からカウントダウンしてシュイ-ンと鳴って、電車の
音もガタゴトきこえて、なおどこか違う世界へ行く気分たっぷり。
音楽きいて感動で泣けてくる。
ほわほわーん。ぼー。

っとしてたら、雪の積もった丸太小屋集落がみえてきて、家の数が増えて、工場がみ
えて煙突から煙が出ていて鉄骨がわーと現れたので、われに返った。

不思議な素敵な体験をした。
とにかく、今日生きてるって、すばらしい。
気がついたら廊下は私ひとりやし、大きな声で歌った。
なんか晴れ晴れしくって、しばらくごろごろしたら眠れた。

[Photo723]
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これがけっこう、忙しい。

東へ進んでゆくので一日が1から2時間短くなって、1日22時間とかになります。

 
 起きたらお昼近く(8時に起きても寝ている間に700㎞ほど進んで現地時間は10時
だったりする)。
 まず本日のイベントをガイド本と20分停車表でチェックします。大河をわたった
り、ドストエフスキーが監獄されていたところを通るょ、など沿線にはわりと見所が
あるんです。
 20分停車表とは、20分くらい停車する駅と時刻を廊下に張り出しているもの。

 
 それから、朝ごはん。
 パン、チーズ、インスタントスープ、サラダ、果物、インスタントコーヒー、ヨー
グルトとごうか。食料は、大量に買って持ち込んだのと、あとは20分停車駅で売店
や売りに来るおばちゃんから買う。
 
 そして、本を読んだり、SUDOKU(日本名ナンプレ、クロスワードみたいな地味な
ゲーム)したり、ぼーと景色を眺めたり、廊下に出てみたり、モスクワから何km進ん
だかキロポストをチェックしたり、同じコンパートメントに人と話したり、そこらの
子どもと遊んだり、あっという間に日は傾いてゆきます。

 軽く、昼ごはんおやつ。
 ピロシキやおかし、果物など。

 そしたら車掌のおばちゃんが掃除機かけにきたり。
 ドライシャンプーしたり(水のいらないシャンプーいうスプレーのシャンプーを正
月に日本から持ってきてもらっていた)。
 次行く街の情報収集したり。帰ってからや将来の話をしてみたり。
 
 20分駅で降りてこそっと写真を撮ったり買い物。インスタント食品、燻製の肉や
魚、アルコール、おみやげ、手作りサラダやピロシキ、日用品、、、たくさんの売り
子が電車の周りに集まってきて、おもしろい。
 
 電車に戻って、小遣いかせぎにやってきた警官の相手をしたり。
ロシアの警官の腐敗ぶりは、有名な話で。外国人はロシアに滞在するには各街で外国人登録というのをしなくてはならないとかなんとかで、ホテルやホステルが無料OR有
料で役所に登録してくれる。3日以内なら必要ないとか、詳細は旅行者もロシア人も
よくわかっていないのが現状。ガイドブックに書かれてあることもそれぞれ違うとい
う、なんせよくわからん制度があります。
道端や駅、電車で警官にパスポートの提示を求められることがあって、それはまぁ仕
事やし仕方ないとしよう、でも中には登録などの不備をさがして罰金をとろうとする
警官がいるんです。
という話はほんとよくきいてたけど、私たちのコンパートメントにもやってきた!!
電車に乗っている間の登録がないだの言って、何かの書類を出してきてサインしろと
言ってる(ロシア語)。電車に乗ってる間はいらんねんでーと説明すると、パキスタン
のビザを見て、これは問題だなーとかぶつぶつ言って。結局しばらくしていやーな顔
をして出て行った。
駅や橋などの写真をとってはいけないという決まりもある??見つかったら罰金をと
られてフィルムは没収。
警官の小遣い稼ぎのためにあるようなばかばかしい制度。
ってか、そんな意味のないこと、いつまでやってんの??
旧ソ連の国々も同様に制度が残っているけれど、最近制度も楽になっていっているし
警官の腐敗も改善されてきているように思った。
ロシア、困ったねー、もちろん小遣い稼ぎのためにいじわるしてる人ばかりじゃない
けど、高率にそういう人に出会うって。。。
同じコンパートメントのかわいいロシア人も呆れてた。

そんな警官を追っ払って、
どこから乗ってきたのか、大きなおばちゃんたちがファーの帽子やストールなんかを
走ってる列車のコンパートメントに売りにくる。いろんな売り子がくる。本屋さん、
おもちゃやさん、ぬいぐるみ、アクセサリー、エプロン、、、
そんなんをひやかしたり、真剣に選んでるお客を見物したり。

そんなこんなで、夕陽にお礼を言って、もう夜!
夜ごはんです。
グリルチキンを買ったり、持ってきたカップラーメン、サラダ、ビールにワイン、、

1回だけ食堂車に行ってみた。客ゼロ。高くておいしくない。

おなかいっぱい。音楽きいて筋トレして日記書いてトランプして、もう寝る時間や
わ。

そんな風に、大忙しであっという間なのです。

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シベリア鉄道はモスクワからウラジオストクを結ぶ世界一長い9288キロの鉄道。僕たちのスタートはモスクワより800キロほど北西にあるサンクトペテルブルグだったから、合計10000キロを超える列車の旅となる。

その前半戦のゴールとしてバイカル湖観光の拠点となるイルクーツクを目指す。タタール語で『豊かな湖』という意味を持つこの三日月形のバイカル湖は、世界で最も深いことと、透明度が高いことで有名だ。地理の授業でも習ったし、地図でも見つけやすい。

イルクーツクはモスクワから5152キロ(サンペテからだと約6000キロ)離れている。モスクワで列車を乗り換えるが、全部で5泊6日の列車旅行だ。

サンクトペテルブルグからモスクワまでは三等寝台で夜出発して朝着く。
ここで軽く等級別の寝台を紹介しておく。一等寝台は二人一部屋。二等寝台は四人一部屋(二段ベッド二個)。三等寝台は部屋にはなっておらず、座席とテーブルがうまい具合に(まるで超合金ロボのように)変身し、粗末ながらベッドとなる。料金は、概ね、一等が二等の倍で、二等が三等の倍というぐあいだ。

サンクトペテルブルグを出発したあたりでは、列車の中は暖かかった。しかし、明け方、暖房が切れた。凍え死にそうなぐらい寒くて寝られない。起き上がってコートを羽織る。あぁさぶ~。僕の席の窓枠の内側が冷凍庫みたいに凍っていた。

モスクワでは乗り換え時間が5時間ほどあったので、駅に荷物を預けて、赤の広場とその近所の百貨店へいった。そこで白いチェブラーシカのぬいぐるみをみつけて『きゃーかわいぃー』と叫んで駅へ返ってきた。

さぁ、いよいよシベリア鉄道だ。ウズベキスタンで突然思いついたこの旅の帰り道。ほんまに乗るとなると夢みたいだ。5152キロ、4泊5日の旅。今回は二等寝台。これだけ長い旅となると同室の人がどんな人かが非常に重要だ。ウォッカを常に飲み続けるようなロシア的な酒豪はちょっと困る。カザフスタンへの国際列車で出会ったようなマナー最悪の中国人もごめんだ。ただただ普通の人でありますように。

ドキドキしながら乗り込む。まだ出発30分前なのだが同室の人は既に座っていた。若い兄ちゃんと優しい顔のおばあちゃんだ。あぁよかった~。『ズドラーストヴィーチェ』挨拶を交わして早速生活の準備に取り掛かる。食料、着替え、洗面用具、サンダルなどを出して、棚に納める。さて、ベッドはどれかな?と思い、兄ちゃんとおばあちゃんに聞いてみる。すると二人とも下だと言う。ん、おれら二人が二人とも上なのか?それはちょっとおかしい。チケットを見せてみる。なんと俺がみてた数字は座席番号ではなかった。あぁ恥ずかし~。ロシア語やからわからへんもん!

兄ちゃんが本当の部屋と座席まで連れて行ってくれた。一旦広げてしまった荷物をせっせと運ぶ。で、新しい本当の部屋の人はどうかというと、これがなんとウソみたいな話だが、若いころのキャメロン・ディアスに似た美人のロシア人だった。彼女はアーニャという名で、モスクワから4000キロほど離れたクラスノヤルスクまで3泊4日でいくとのことだった。どうぞよろしく。

彼女が降りるまでの4日間、この部屋には誰もこず、3人で過ごした。英語が話せるし、志保と歳も近いので、ずいぶん志保と仲良しになった。シャイでおとなしいけどすごくいい子だった。降りていく日の彼女は車内の彼女とは違って、化粧ばっちりでキャメロン・ディアス以上だった。ありがとぅ、アーニャ。さよなら。

さて、このシベリア鉄道、一両につき二人の乗務員(たいてい女の人)が乗っており、掃除や車両点検などを行っている。なかなか怖いおばちゃんで流しにお茶っぱを捨てようもんなら、『つまる!』といってすごい剣幕で叱られたりする。駅でのんびり買い物なんかしていると、早く乗れとこれまた叱られる。しかし、まぁ悪徳警官のように悪い人たちではない。

このシベリア鉄道の線路沿いにはキロポストがたっていて、1キロごとにモスクワからの距離を表示している。これによって、僕たちはモスクワからどれだけ遠ざかって、日本にどれだけ近づいたかを、数字で知ることができるのである。

シベリアの大地はとにかく広大で白樺の木が生い茂っているのが印象的だった。たまにある集落には、丸太小屋や木の家が並んでいる。この厳しいシベリアの地にあるこの集落では、一体どのような生活が営まれているのであろうか?想像さえできない。

志保の書いたひとつ前のブログ『シベリア鉄道での一日』にあるように決して退屈ではなく、昔習ったオビ川やエニセイ川を越え、ツンドラ地帯やタイガの森を抜けて、あっという間に4泊5日が過ぎてしまった。もうイルクーツクだ。

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バルト三国の南端の国、リトアニア。
とにかくいい国だぁ~。
ポップでおしゃれで北欧みたい。
出たくないなぁ~。
でも、明日出る。ロシアへ

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おまたせしました。久々の写真です。

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